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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)13089号 判決 1969年7月29日

原告 星野正芳

右訴訟代理人弁護士 平井直行

同 古田修

被告 根建ステ

右訴訟代理人弁護士 檜山雄護

主文

一、原告の被告に対する別紙目録記載の土地の賃料債権が、一ヶ月金五、〇〇〇円であることを確認する。

二、被告は原告に対し、金二万二五九八円を支払え。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その一を被告の負担とする。

五、この判決は第二項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、双方の申立

一、原告

(一)  原告の被告に対する別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)の賃料債権が、一ヶ月金一二、〇〇〇円であることを確認する。

(二)  被告は原告に対し、金一三七、二四五円を支払え。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

(四)  第二項につき仮執行の宣言。

二、被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求原因

一、原告の父星野四郎は、昭和二七年一〇月三日被告に対し、その所有にかかる本件土地を建物所有の目的、賃料三・三平方メートル当り一ヶ月金四円(総額八〇〇円)、期間二〇年の約定で賃貸した。原告は昭和三九年七月六日父から本件土地の贈与を受けてその所有権を取得し、同月九日その登記を了し、賃貸人の地位を承継した。本件土地の賃料は、順次増額され、昭和三九年四月から三・三平方メートル当り一ヶ月金一五円(総額金三、〇〇〇円)となった。

二、ところで本件土地の賃料は、左記事由によって不相当となったので、原告は被告に対し、昭和四三年七月一三日到達の郵便をもって、本件土地の賃料を同年七月一五日から三・三平方メートル当り一ヶ月金六〇円(総額金一二、〇〇〇円)に増額する旨意思表示した。

(一)  本件土地の固定資産税課税台帳登録の昭和三九年度の評価格は金四万二〇三四円であるのに、昭和四三年度の評価格は金二二六万八〇〇〇円で約五四倍、又本件土地の課税標準額は、昭和三九年度金三万二九円であるのに対し、昭和四三年度は金六三万二七三六円であって約二一倍、これによる固定資産税額は、昭和三九年度約金一七〇円であるのに対し、昭和四三年度は金八、八五八円で約五二倍となったこと。

(二)  昭和三九年度から昭和四三年度にかけて、公共料金を含む一般諸物価の昂騰が激しかったこと。

(三)  被告は本件土地に、自己の居宅のほかアパート一棟、借家二棟を所有し、アパートと借家を約二三世帯に一畳金一、〇〇〇円の割合で賃貸し、一ヶ月金一〇万円を下らない収入を得ていること。

(四)  なお、本件土地の借賃を、土地価額の利廻り算定方式により計算すれば、本件土地の更地価格は少く見積っても三・三平方メートル当り金一〇万円を下らず、底地割合は三割を下らないから、本件土地の底地価額は金六〇万円とみるのが相当である。これの年利六分の利廻額と、昭和四三年度の固定資産税額金八、八五八円、都市計画税金三、九五〇円の合算額を一二ヶ月で割れば、金三万円を下らず、これが本件土地の適正賃料とみることができること。

三、ところが被告は原告の右値上請求に対し、月額金六、〇〇〇円をもって相当と思料する旨の回答をなしたのみで、昭和四三年七月分以降の賃料の支払いをしない。

四、よって原告は被告に対し、本件土地の賃料債権が一ヶ月金一二、〇〇〇円であることの確認を求めるとともに、昭和四三年七月一日から同月一五日までは一ヶ月金三、〇〇〇円の、同月一六日から本件口頭弁論終結の日である昭和四四年六月二四日まで一ヶ月金一二、〇〇〇円の割合による賃料合計金一三七、二四五円の支払を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四三年七月一二日被告に対し、本件土地の賃料を同月一六日から一ヶ月金一二、〇〇〇円(三・三平方メートル当り金六〇円)に増額する旨郵便をもって意思表示をなし、右郵便は同月一三日被告に送達された事実が認められる。

二、そこで本件土地の適正賃料について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

(イ)  被告が本件土地を賃借した当時、被告は原告に対し三・三平方メートル当り金六五〇円合計金一三万円の対価を支払った(当時の更地価格を認めるに足る適確な証拠はない。)ほか、本件土地は傾斜地の上孟宗竹が繁っていたので、被告において宅地として使用するため竹を伐採し、更に整地をする等の工事を施したり、駅方向への近道として丸木橋を改修する等の工事をしたこと。

(ロ)  本件土地の更地価格は、昭和三九年頃三・三平方メートル当り金六ないし七万円であったものが、昭和四三年には少くとも金一〇万円を下らないものとなり、固定資産税額は昭和三九年度金一八〇円であったものが昭和四三年度金八八五八円となり、同年度の都市計画税は金三九五〇円となったこと。

(ハ)  本件土地の賃料は、昭和二七年当時三・三平方メートル当り一ヶ月金四円であったのが、昭和三一年、昭和三五年に改訂され、更に昭和三九年四月に三・三平方メートル当り一ヶ月金一五円に改訂されたものであり、本件土地の近隣で、本件土地と同程度の土地の賃料が三・三平方メートル当り金一五円ないし金二〇円程度であること。(但し本件土地の近隣の大部分の土地は、二名の大地主の所有であって、原告程度の土地所有者とは比較し得ない点がある。)

(ニ)  被告は本件土地上に自己の居宅のほか、アパート一棟借家二棟を所有し、一ヶ月金一二万円程度の賃料収入を得ていること。

(ホ)  本件土地は、国電武蔵小金井駅まで徒歩一〇分程度の位置にあり、大通りから約一〇〇メートル位入った場所であるが直接公道に面し、繁華街まで徒歩数分の位置にあること。

他に右認定を妨げる証拠はない。

(二)  そして右認定の(イ)ないし(ホ)の事実及び前記一の争いない事実ならびに当裁判所に顕著な増額請求当時の経済状勢等の事実を併せ考えると、本件土地の昭和三九年七月一六日当時の相当賃料は三・三平方メートル当り一ヶ月金二五円(総額金五、〇〇〇円)とするのが相当であり、原告の主張する利廻算定方式は、継続賃料であり、しかも前記(イ)の事情がある本件には適切でない。従って本件土地の賃料は、原告の前記増額請求によって、昭和四三年七月一六日三・三平方メートル当り一ヶ月金二五円(総額金五、〇〇〇円)に増額された。

三、弁済供託の抗弁について判断する。

(一)  被告の賃料供託の抗弁事実中、被告が原告に対し、昭和四三年七月一日から昭和四四年五月末日まで一ヶ月金三、〇〇〇円の割合の金員を本件土地の賃料の弁済として供託したこと当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告が被告に対し前記の賃料増額請求をした後、被告はこれが増額の効果を争い、昭和四三年七月原告に対し同月分の賃料として従前の賃料額金三、〇〇〇円を提供したところ、原告はこれが受領を拒絶したことが認められる。

(二)  ところで本件土地の賃料は、昭和四三年七月一六日一ヶ月金五、〇〇〇円に増額されたこと前認定のとおりであるから、被告の右供託は賃料の一部にすぎないことになり、原告はこれを捉えて被告の右供託は本旨に副わない無効のものと主張する。

なる程、一般論として金五、〇〇〇円の賃料に対し金三、〇〇〇円を供託(全部弁済の趣旨で)することは本旨に副わないものといい得るけれども、当裁判所は次の理由により被告の右供託は有効と解する。

本件は賃料増額請求の効果が争われている場合のものであって、当事者は互に主観的に主張する賃料額を主張しても、結局客観的に増額される賃料と常に合致するものではないこと当然であり、借地法第一二条の規定はこのことを前提とするものであるが、同条の「増額を正当とする裁判が確定するに至るまで相当と認むる地代又は借賃を支払うをもって足る。」との規定は、その主眼とするところ債務不履行の責任に関すること明らかであるが、右規定はその限りでは相当と認める賃料の弁済があったときは、一応本旨に従った弁済があったものとして取扱おうとする趣旨によるものであるが、その趣旨は当然供託の効力についても推し及ぼすことができるから、賃借人において相当と認める賃料を供託したときは、後に確定された賃料に比して不足があっても、その供託は本旨に従った供託に準じて有効のものと解するのが、相当である。

これを実質的にみても、

(イ)  賃借人に本旨に従った弁済の要求をしても、客観的に増額された賃料を賃借人において認識し得ない以上その要求は難きを強いる結果となるばかりでなく、賃料が高額化し、しかも増額料が確定されるのに長年月を要する現状では、賃借人において相当と思料する賃料だけでも供託してその限度で債務を免れたいと考えても、仮にそれが確定賃料に足りなかったからといって、直ちに全部無効とされるようでは、事実上その方法を途絶する結果となり相当でないこと。

(ロ)  現在供託額が不足のときでも、その不足額が大きくないときは本旨に副うものと解されているけれども、その差は微妙で、しかも不足額を生じたことについて賃借人を責められない以上、有効かどうかは極端な表現をすれば遇然の事情によることになるとも言えるのであって、むしろ正面から一部弁済としてその効果を認める方向への解釈が望ましいこと。

(ハ)  一方賃貸人側においても、結果的に一部弁済の形となる供託金の還付を受けると、それによって賃借人の主張を承諾したものと解されるのを虞れて供託金の還付を受けず、これがためかえって紛争を激化させる(特に賃料が高額化し、確定手続が長期化する程)事態を招来していることは当裁判所に顕著な事実であるが、賃貸人において供託金の還付を受けるとき留保をつけても、その存否について紛争が生じ、円満な契約関係を阻害しているけれども、借地法第一二条によって賃借人において相当と認めて供託した賃料が本旨に従った供託に準じて取扱われるのは、後に不足額があったことが確定したときはこれを支払わなければならないとの負担がつけられているためであるから、賃貸人において供託金の還付を受ける際留保したかどうかにかかわらず、単に供託金の還付を受けたというだけでは賃借人の右負担に何等の消長を及ぼすものではないと解されるので、賃貸人は懸念なしに供託金の還付を受けられること。

(ニ)  かかる解釈をとっても、当事者に不利益を与えることは考えられず、かえって契約関係の円滑な維持に奉仕すること。

(三)  従って、被告の右供託の抗弁は理由があり、これによって本件土地の昭和四三年七月一日から同月一五日までの一ヶ月金三、〇〇〇円の割合による賃料債務は全部消滅し、同月一六日から昭和四四年五月三一日までの一ヶ月金五、〇〇〇円の割合による賃料債務のうち金三、〇〇〇円の部分は消滅したものというべきである。

そうすると、被告は原告に対し、昭和四三年七月一六日から昭和四四年六月二四日まで一ヶ月金二、〇〇〇円の割合による残賃料合計金二万二五九八円の支払義務がある。

四、よって原告の本訴請求は右認定の限度において理由があるので正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原敏彦)

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